土地の背景から、旅先を選ぶ。
山梨県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には16件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載5件から5件の紹介例

久遠寺
身延山久遠寺の始まりは、日蓮が1274年に身延へ入り、西谷の草庵で暮らしたことにあります。現在の境内への移転は1475年。草庵の跡と大きな伽藍を区別して眺めると、ひとりの修行の場から、門弟と信徒が受け継ぐ総本山へ広がった時間に目を向けられます。
三門から本堂へ続く菩提梯は287段。七つの区画には、お題目の七文字になぞらえた意味が込められています。五重塔は1875年の火災で失われ、2009年に昔の塔の設計や工法をもとに再建されました。石段の高さや塔の姿を味わいながら、信仰を形にし、失われたものを再びつくる営みも感じてみてください。
緯度 35.38192121 / 経度 138.42484295 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 久遠寺 (Q1516881) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 久遠寺・見どころと成り立ち / 身延山久遠寺(資料取得 2026-10-11)
恵林寺
恵林寺は、1330年に二階堂貞藤が夢窓国師を招き、自邸を禅院にした寺です。武田信玄が菩提寺と定めた歴史を持ちますが、見どころは武将の記憶だけに収まりません。赤門は1582年の焼失後、1606年に徳川家康によって再建され、その時の姿を今に伝えています。
夢窓国師が指揮してつくった庭園では、石や木、水の配置をゆっくり眺めてみてください。寺が紹介するのは、自然の姿に世界を見ようとする禅の考え方です。赤門の建築が伝える焼失と復興の時間から、庭の静かな空間へ。信玄、家康、夢窓という異なる人物の足跡が、境内の中で重なって見えてきます。
緯度 35.72991667 / 経度 138.71377778 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 恵林寺 (Q6430158) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-01)
- 恵林寺・見どころと成り立ち / 乾徳山恵林寺(資料取得 2026-10-11)
写真: さかおり (talk / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
善光寺
甲斐善光寺は、武田信玄が川中島の合戦で信濃善光寺の焼失を恐れ、1558年に本尊などを移したことに始まります。今の金堂と山門は、火災後の1796年の再建。金堂には善光寺特有の撞木造が用いられ、山を越えて受け継がれた信仰を、建物の形からも感じ取れます。
中陣の天井には、画家・希斎による二匹の龍が描かれています。その部分を吊り天井にすることで、手をたたくと音が共鳴する「鳴き龍」が生まれます。建物を外から眺めたあと、天井の絵と音の仕組みに目を移すと、寺の空間が目で見るだけのものから、響きにも包まれるものへ変わっていきます。
緯度 35.66594444 / 経度 138.59288889 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 善光寺 (Q6446634) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-03)
- 善光寺・見どころと成り立ち / 甲斐善光寺(資料取得 2026-10-11)
写真: さかおり (talk) / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

甲府城
甲府城は、武田氏の滅亡後、豊臣秀吉の命によって築かれた城です。城跡の一部は舞鶴城公園や甲府市歴史公園となり、門や櫓の復元も進められました。城下を見下ろす石垣を眺めるときは、同じように見える石の積み方に、異なる時代の仕事が残っていることにも注目してみてください。
天守台の石垣には、一つの石を二つに割った「兄弟石」があります。暗渠は水を排出するための構造で、石切場の跡からは材料を調達した場所もわかります。高い城壁をつくるには、石を切る、組む、水を逃がすという地道な技術が必要でした。石垣の細部を手がかりに歩くと、城を築き、保つ人々の仕事が見えてきます。
緯度 35.66528889 / 経度 138.57133889 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 甲府城 (Q969909) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-04-17)
- 甲府城・見どころと成り立ち / 甲府市観光課(資料取得 2026-10-11)
写真: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

山梨岡神社
笛吹市春日居町の山梨岡神社は、『延喜式神名帳』に記された甲斐国の官社二十社のひとつです。境内には山梨郡の要石とされる「郡石」もあります。地名や郡の記憶に結びつく石と、武田氏が崇敬した社を合わせて見ると、土地の歴史が身近なものになります。
本殿は室町時代の建築と考えられ、隅木入り春日造、こけら葺きの屋根を備えます。県の文化財解説が注目するのは、変化に富む技法と洗練された装飾です。大きさだけを目印にするより、屋根の形や細部の意匠を丁寧に追ってみると、小さな社殿に中世の工夫が詰まっていることに気づけます。
緯度 35.66461111 / 経度 138.63875 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 山梨岡神社 (Q11469625) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 山梨岡神社・見どころと成り立ち / 笛吹市教育委員会文化財課(資料取得 2026-10-11)
写真: さかおり (talk) 02:21, 12 March 2010 (UTC) / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
自然・景色
掲載6件から5件の紹介例

河口湖
河口湖は、富士五湖の中で最も長い湖岸線を持ち、中央には鵜の島があります。町のデータでは湖岸は約21km、湖面の標高は830.5m。ひとつの展望地点だけでなく、岸の向きを変えながら、島と対岸の山並みがどう重なるかを見比べてみたくなる湖です。
水面の広がりに目を向けたあと、湖の深さにも想像を伸ばしてみてください。最大水深は14.6mで、同じ町にある本栖湖の121.6mとは大きな違いがあります。似た「富士山のある湖」の写真でも、水の下にある地形はさまざま。湖畔の景色を、岸の長さと水の奥行きの両方から捉えると、四つの湖を巡る楽しみも広がります。
緯度 35.515 / 経度 138.75666666667 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 河口湖 (Q577372) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-18)
- 河口湖・見どころと成り立ち / 山梨県(資料取得 2026-10-11)
写真: 663highland / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

昇仙峡
昇仙峡は、荒川の流れがつくった渓谷です。天神森から仙娥滝まで約4.1kmの間に、天狗岩、人面岩、らくだ岩など、形から名づけられた岩が続きます。白い花崗岩と松の緑、秋の紅葉の取り合わせを眺めながら、岩の名前を自分の目で確かめてみたくなります。
この景観が広く知られるきっかけには、1843年に長田円右衛門たちが切り開いた御岳新道があります。目的は、昇仙峡に暮らす人々の生活を良くすることでした。覚円峰や岩の裂け目から落ちる仙娥滝を見るときも、険しい地形に道を通した人々の仕事を思うと、風景と暮らしの関係が見えてきます。
緯度 35.745 / 経度 138.566389 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 昇仙峡 (Q9336171) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2024-10-06)
- 昇仙峡・見どころと成り立ち / 山梨県文化振興・文化財課(資料取得 2026-10-11)
写真: Captain76 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

忍野八海
忍野八海の湧水を眺めるときは、池の青さの奥に、かつて湖だった忍野盆地を思い浮かべてみてください。湖の水が長い時間をかけて減ったあとも、富士山の伏流水を水源とする湧水池が残りました。村の歴史は、火山の活動と、水のある場所へ人が暮らしを築く過程を伝えています。
江戸時代、富士山へ登る人々は、この池で水を浴びて身を清める水垢離を行いました。透明な水は眺めの美しさと同時に、山へ向かう前の祈りの場でもあったのです。池の周りを歩きながら、湧き続ける水と、登山の前に立ち止まった人々の時間を重ねてみると、八海の景色にもう一つの奥行きが生まれます。
緯度 35.46111111111111 / 経度 138.83333333333334 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 忍野八海 (Q11072216) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-26)
- 忍野八海・見どころと成り立ち / 忍野村観光産業課(資料取得 2026-10-11)
写真: MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

本栖湖
本栖湖の西北岸、中ノ倉峠からの景色には、写真家・岡田紅陽が撮った《湖畔の春》の記憶が重なります。水面に映る逆さ富士は、五千円札や千円札の図柄にも使われました。見覚えのある富士山が、ひとりの写真家の立った場所から生まれたことを実感できる湖です。
湖は富士河口湖町と身延町にまたがり、富士山世界遺産の構成資産でもあります。山の輪郭、湖面の反射、岸からの距離を、自分の見ている位置から捉えてみてください。紙幣の構図を知ってから景色を見ると、写真に切り取られた一瞬と、目の前に広がる空間を行き来する楽しみが生まれます。
緯度 35.463888888889 / 経度 138.58555555556 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 本栖湖 (Q1262329) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-25)
- 本栖湖・見どころと成り立ち / 山梨県(資料取得 2026-10-11)
写真: Captain76:Nikon D90+TAMRON SP10-24mm / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

精進湖
精進湖の国際的な避暑地としての歴史は、1895年に英国出身のハリー・スチュワート・ホイットウォーズが湖畔にホテルを建てたことに結びついています。「ジャパン・ショージ」として海外に紹介され、外国人旅行者を迎えました。湖の静かな景色に、海を越えて伝わった評判の時間が重なります。
当時、富士山を望むパノラマ台へは、馬や、二〜四人で担ぐ「チェア」という籠で向かったといいます。景色を楽しむために、そこへたどり着く移動そのものにも手間をかけていたのです。湖畔から山へ目を向けてみると、眺望を求めて歩いた人や運んだ人の姿まで想像できる、旅の歴史のある風景です。
緯度 35.48888889 / 経度 138.60972222 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 精進湖 (Q11190939) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-25)
- 精進湖・見どころと成り立ち / 精進湖観光協会(資料取得 2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

河口湖音楽と森の美術館
河口湖音楽と森の美術館は、オルゴールや自動演奏楽器の音を楽しむ場所です。タイタニック号に搭載予定だった楽器や、コインで演奏する自動演奏人形など、音楽を奏者の手から機械へ託した工夫に出会えます。音色と一緒に、人形の仕草や仕組みにも目を向けてみたくなります。
館が紹介するのは、百年前の自動演奏楽器と現代のオペラ歌手の共演。古い機械と今を生きる声が、一つの音楽をつくります。庭園の散歩や自分でつくるオルゴール体験もあり、聴く、動きを見る、手で組み立てるという楽しみをつなげられます。音楽を録音されたものとして聴く日常から、音が生まれる現場へ視点を移せる美術館です。
緯度 35.522222222222226 / 経度 138.7686111111111 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 河口湖音楽と森の美術館 (Q11553670) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-11-28)
- 河口湖音楽と森の美術館・見どころと成り立ち / 河口湖音楽と森の美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: Yamaguchi Yoshiaki / CC BY-SA 2.0 / 写真の出典(2026-10-11)

久保田一竹美術館
久保田一竹美術館では、一竹辻が花染めの着物と、それを包む建築を合わせて眺めてみてください。本館は十六本の大黒柱を使ったピラミッド型で、吹き抜けから複雑な木組みが見えます。連作「光響」などを生んだ染色にも、作品によって技法を変える細やかな手仕事があります。
庭は一竹の構想をもとに造園家・北山安夫が手がけ、琉球石灰岩、富士の溶岩、植栽や湧き水を組み合わせています。布の色と模様を見たあと、建物の木や庭の石へ視線を移すと、美術館を構成する展示物・建造物・庭のつながりが感じられます。湖畔の自然の中で、一人の作家が思い描いた世界をたどる場所です。
緯度 35.5273256 / 経度 138.7597662 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 久保田一竹美術館 (Q130601177) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-10)
- 久保田一竹美術館・見どころと成り立ち / 久保田一竹美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

山梨県立博物館
山梨県立博物館では、山梨の自然と人の暮らしを十九のテーマでたどります。導入展示は、約1万2千分の1の縮尺で県土を俯瞰する「山梨の舞台」。山林や盆地の位置関係を確かめてから歴史を見ると、旅で出会った川や町が、人の営みとどう結びついてきたかを考えられます。
建物の外にも、見る手がかりがあります。入口脇の砂岩には、約七百万年前の海にいた貝の化石があり、駐車場付近の松は富士川水運で栄えた鰍沢河岸から来たもの。丸石を御神体とする道祖神も置かれています。地形、交易、祈りの記憶が、庭を歩く短い時間の中にも見えてきます。
緯度 35.640259 / 経度 138.648623 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 山梨県立博物館 (Q11469696) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-03-21)
- 山梨県立博物館・見どころと成り立ち / 山梨県立博物館(資料取得 2026-10-11)
写真: さかおり (talk) 05:35, 4 March 2010 (UTC) / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

山梨県立美術館
山梨県立美術館は、1978年の開館以来、ミレーとバルビゾン派の作品を集めてきました。所蔵する《種をまく人》や《落ち穂拾い、夏》は、農村で働く人の姿を描いた作品です。富士山や果樹園を巡る旅の途中に、遠いフランスの大地へ画家が注いだまなざしに触れる場所でもあります。
ミレー館では、第1室の赤、第2室の緑という壁の色にも注目してみてください。絵だけを切り取って見るときと、壁の色を含めて眺めるときで、印象を比べて楽しめます。《角笛を吹く牛飼い》には、ピンクや紫、青で表された夕空も。田園の営みと光の変化を手がかりに、その日に出会う作品をゆっくり見てみたくなります。
緯度 35.66038889 / 経度 138.53733333 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 山梨県立美術館 (Q11469731) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-20)
- 山梨県立美術館・見どころと成り立ち / 山梨県(資料取得 2026-10-11)
写真: Kaidog / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)

平山郁夫シルクロード美術館
平山郁夫シルクロード美術館は、八ヶ岳南麓の甲斐小泉駅前にあります。平山夫妻がたどったのは、日本文化の源流を探す道であり、仏教が東へ伝わった道でした。周辺にもかつて絹の往来する道があったという縁が、この地に美術館を開く思いにつながっています。
入口でロゴの鳥を見つけたら、花やリボンをくわえる「花喰い鳥」「含綬鳥」の文様を思い浮かべてみてください。ペルシャから日本へ伝わったモチーフを、平山美知子が図案化したものです。絵画や文化の品々を眺める前から、小さな印の中に国を越えた旅があり、山梨の風景と遠い世界がつながり始めます。
緯度 35.879371 / 経度 138.359423 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 平山郁夫シルクロード美術館 (Q112090672) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-12)
- 平山郁夫シルクロード美術館・見どころと成り立ち / 公益財団法人平山郁夫シルクロード美術館(資料取得 2026-10-11)