土地の背景から、旅先を選ぶ。
三重県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には15件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載5件から5件の紹介例

伊勢神宮
伊勢神宮は、一つの社殿の名ではありません。天照大御神を祀る内宮と、豊受大御神を祀る外宮を中心に、百二十五の宮社から成り立つ「神宮」です。正宮の建築は、檜の素木、萱葺きの屋根、高床の形を特徴とする神明造。正殿を中心に四重の垣がめぐらされています。
建物を一度に見渡すのではなく、垣や屋根が重なる奥行きに目を向けてみてください。公式の建築図では、内宮と外宮で千木の削り方、鰹木の数、宝殿の配置が異なることも分かります。同じ形式を共有しながら細部を変える姿から、神を祀る場所が、木の使い方や空間の区切り方として表現されていることを読めます。
緯度 34.455 / 経度 136.72583333333 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 伊勢神宮 (Q687168) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 神宮について|伊勢神宮 / 神宮司庁(資料取得 2026-10-11)

上野城
伊賀上野城では、筒井定次、藤堂高虎、昭和の復興という三つの時代が重なります。高虎が築いた高石垣は約三十メートル。建設中の五層天守は1612年の暴風で倒壊し、現在の木造天守は川崎克が支援者とともに建て、1935年に完成したものです。
石垣の大きさと、白い天守の姿を、同じ時代の一組と思わず見比べてみてください。天守最上階の格天井には、完成を祝って寄贈された四十六枚の書画がはめ込まれています。戦いに備える城から、地域の文化と産業を支える「伊賀文化産業城」へ。建物の役割が変わったことを、石と木、天井の作品から読めます。
緯度 34.770091 / 経度 136.127194 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 上野城 (Q1333693) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-02-07)
- 三つの天守閣 – 伊賀上野城 / 公益財団法人伊賀文化産業協会(資料取得 2026-10-11)
写真: photo taken by ja:利用者:+- / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

二見興玉神社
二見興玉神社は、海辺で身を清めてから神宮へ向かう「浜参宮」の習わしを伝えます。明治の神仏分離後に夫婦岩の前へ社殿が造営され、明治四十三年には興玉社と三宮神社が合祀されて、現在の名になりました。沖の神石を遥拝する信仰と、海に面した境内が結びついています。
夫婦岩の写真だけで終わらず、境内の蛙や輪の注連縄にも目を向けてみてください。蛙には、旅から無事に「かえる」という願いが託されたと社伝は語ります。浜で清め、祈り、次の場所へ出発すること。その繰り返しから、海辺が人の移動を区切る場でもあったと考えられます。
緯度 34.50895 / 経度 136.78782 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 二見興玉神社 (Q64969614) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 歴史・由緒 | お伊勢参りは二見から 二見興玉神社 / 二見興玉神社(資料取得 2026-10-11)
写真: Yanajin33 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
椿大神社
椿大神社は、鈴鹿山系の麓で猿田彦大神を主神として祀ります。神話の中で天孫を先導する役割から、「みちびき」の神として信仰されています。本殿は総檜の神明造。別宮の椿岸神社には、芸道の祖神として崇敬される天之鈿女命が祀られています。
参道の岩や建物を、神話を語り継ぐ手がかりとして見てみてください。御船磐座には神々の船が到着したという伝承があり、松下幸之助が寄進した庭園と茶室・鈴松庵には近代の人の働きが残ります。山を天然の社とする由来と、後の時代につくられた空間を読み合わせると、信仰がさまざまな形で受け継がれていることを考えられます。
緯度 34.964299 / 経度 136.452029 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 椿大神社 (Q3541617) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 椿大神社について | 椿大神社 / 椿大神社(資料取得 2026-10-11)
写真: Yanajin33 / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

赤木城
熊野の赤木城跡は、藤堂高虎が中世と近世の築城法を組み合わせた平山城です。高虎が北山地方にいた十六世紀末に、現在の城郭へ整備されたと考えられています。県の観光案内では、城跡と、新領主へ抵抗した北山の人々が処刑された田平子峠刑場跡が一緒に紹介されています。
城郭と丘の形を見ながら、城が何を守り、どこへ力を向けたのかを考えてみてください。朝もやや桜の景色の裏には、新しい領主と地域の人々の衝突がありました。美しい遺構を、戦術の工夫だけでなく、この土地を治めるための仕組みとして見ると、城跡と刑場跡が伝える歴史の両面に気づけます。
緯度 33.89611111111111 / 経度 135.95166666666665 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 赤木城 (Q38278530) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-13)
- 赤木城跡(赤木城公園)及び田平子峠刑場跡 | 観光スポット | 観光三重(かんこうみえ) / 公益社団法人三重県観光連盟(資料取得 2026-10-11)
写真: helohelon / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
自然・景色
掲載5件から5件の紹介例

赤目四十八滝
赤目四十八滝は、さまざまな形の滝が続く渓谷です。不動滝には不動明王にちなむ名がつき、かつての滝参りの場となりました。布曳滝は一筋の布のように流れ、荷担滝は岩を挟んで二つに分かれます。水は同じ谷を流れていても、岩との出会い方で違う姿になります。
滝の高さを比べるだけでなく、流れが分かれる場所と、深い滝壺へ集まる場所を追ってみてください。名前には、布、荷物、琵琶といった身近なものや、観音への信仰が重なっています。千手滝の名にも、落水の形に見立てた説と、千手観音にちなむ説があります。自然の形を、人がどのように見て名づけたかも楽しめる渓谷です。
緯度 34.559167 / 経度 136.091667 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 赤目四十八滝 (Q11635843) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-06-13)
- 赤目四十八滝ご紹介 | 忍者修行の里 赤目四十八滝 / 赤目四十八滝渓谷保勝会(資料取得 2026-10-11)
写真: coniferconifer from japan / CC BY 2.0 / 写真の出典(2026-10-11)

夫婦岩
二見浦の夫婦岩は、大小の岩を大注連縄で結んだ景観です。大きな立岩は高さ九メートル、小さな根尻岩は四メートル。神社では、沖の興玉神石を拝む門石と説明しています。縄は二つの岩を結ぶだけでなく、海の向こうに神聖な世界を見いだす境界として受け継がれています。
岩、縄、水平線の三つを、別々の距離にある線として眺めてみてください。岩の間から朝日を拝む風景は、夏至を中心とする季節と結びついています。大注連縄は年に三回張り替えられます。自然の岩が、人の手で繰り返し結び直されることに、海辺の景色と信仰を保つ仕事が表れています。
緯度 34.50944444444445 / 経度 136.78833333333333 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 夫婦岩 (Q333875) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 歴史・由緒 | お伊勢参りは二見から 二見興玉神社 / 二見興玉神社(資料取得 2026-10-11)
写真: Tomi Mäkitalo / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)

御在所岳
御在所岳は、鈴鹿山脈を代表する花崗岩の山です。藤内壁をはじめとする岩場と、渓流の滝が山の表情をつくります。ツツジの仲間が多く、春から初夏にはアカヤシオやシロヤシオなどが咲きます。岩の形と、標高によって変わる植物を一緒に見られる山です。
ロープウエイから見える鷹見岩や恵比寿岩など、風景の中で名前を与えられた岩に目を向けてみてください。大きな山肌を、一つひとつの形として読む入口になります。2026年10月確認時点の県観光案内では、おばれ岩崩壊の危険により中道コースが通行止めです。登山道とロープウエイからの眺めを分けて計画してください。
緯度 35.02027 / 経度 136.41945 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 御在所岳 (Q6920956) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-02-16)
- 御在所岳 | 観光スポット | 観光三重(かんこうみえ) / 公益社団法人三重県観光連盟(資料取得 2026-10-11)
写真: alpsdake / Public domain / 写真の出典(2026-10-11)

大杉谷
大杉谷は、宮川の上流に滝や深い淵、苔むす岩が続く山の谷です。シシ淵では、両側にそびえる岩の間に滝が見え、堂倉滝では日によって色が変わる淵が広がります。多い雨が滝と急な谷をつくり、その水が森の景色を支えています。
岩の大きな輪郭と、表面の苔やしずくを見比べると、谷を削る水と湿り気を保つ水が同じ風景に働いていると考えられます。一方、道は急な岩場や鎖場を通る登山道です。登山センターは初心者だけでの入山を断り、冬期も閉山します。街の散策とは異なる場所として、装備や経験に合う計画でこの自然と向き合ってください。
緯度 34.21388888888889 / 経度 136.1513888888889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 大杉谷 (Q11435955) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2023-11-28)
- 大杉谷の魅力|大杉谷登山センター 三重県多気郡大台町 / 大杉谷登山センター(資料取得 2026-10-11)
写真: Kitadake3193 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

楯ヶ崎
楯ヶ崎は、二木島湾の入口に立つ柱状節理の大きな絶壁です。熊野灘の荒波と、柱が並ぶような岩の面が、海と陸の境を際立たせます。神武天皇が上陸したという伝承もあり、自然の形に歴史の物語が重ねられてきました。
遠くからは一枚の壁に見える岩を、柱の集まりとして見直してみてください。遊歩道には、熊野の植物を解説する樹木ラベルがあり、途中の阿古師神社は二木島祭の舞台にもなります。岬の先だけを目標にせず、森から海へと景色が変わる過程に目を向けると、岩、植物、人の信仰が隣り合う海岸として読めます。
緯度 33.931139 / 経度 136.213056 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 楯ヶ崎 (Q11541393) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2022-03-17)
- 楯ヶ崎 | 観光スポット | 観光三重(かんこうみえ) / 公益社団法人三重県観光連盟(資料取得 2026-10-11)
写真: Alpsdake / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

伊賀流忍者博物館
伊賀流忍者博物館では、普通の農家に見える忍者屋敷の仕掛けを実演で紹介します。どんでん返し、隠し階段、仕掛け戸は、家に伝わる忍術や火薬の調合法を守るための工夫として説明されます。資料館には、忍術書をもとに製作したレプリカの道具もあります。
屋敷の外見と内側の動きを比べると、忍者の技を派手な武器だけでなく、情報を隠し、守るための空間として見られます。米蔵を改築した忍者伝承館では、歴史や生活を紹介します。文字で記された技、再現した道具、体を動かして見せる仕掛けを読み合わせ、過去の知恵を今の展示へ伝える方法にも注目してみてください。
緯度 34.77172222 / 経度 136.12911111 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 伊賀流忍者博物館 (Q4306401) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-12-16)
- からくり忍者屋敷 | 伊賀流忍者屋敷と忍者博物館 / 一般社団法人伊賀上野観光協会 伊賀流忍者博物館(資料取得 2026-10-11)

三重県立美術館
三重県立美術館の収集は、三重ゆかりの作家と日本近代洋画、その背景となる海外の美術を軸にしています。県とバレンシア州の姉妹提携を契機に、1992年からスペイン美術も方針に加わりました。完成作だけでなく、素描や下絵、水彩画から創作の過程をたどることも大切にしています。
訪問時の展示では、作品の形と、その形へ至る線を読み合わせてみてください。藤島武二らと三重の関わりや、外国の表現を日本の画家がどう受け止めたかが、比較の手がかりになります。柳原義達の彫刻と素描を受け継ぐ記念館もあります。絵や彫刻を完成した結果だけでなく、描き、考え直す仕事の跡として見る美術館です。
緯度 34.734833 / 経度 136.501889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 三重県立美術館 (Q11357837) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-06)
- 三重県立美術館 コレクションの特色 / 三重県立美術館(資料取得 2026-10-11)

ミキモト真珠島
ミキモト真珠島の真珠博物館では、貝の中で真珠ができる仕組みから、養殖、生産、流通へと展示がつながります。標本や模型、映像のほか、天然真珠の装身具と、養殖真珠を使った工芸品を紹介します。1937年のパリ万国博覧会へ出品した帯留「矢車」も、真珠が表現へ変わる例です。
一粒の形や輝きから、それを生み、選び、身につける仕事へ目を移してみてください。御木本幸吉記念館では、写真や実物資料とともに、生家の復元や鳥羽のジオラマを使って人物を伝えます。真珠を高価な飾りとして見るだけでなく、海の生物、技術の試み、港町の暮らしが交わってつくられたものとして読めます。
緯度 34.483333333333 / 経度 136.84694444444 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: ミキモト真珠島 (Q6849883) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-22)
- 博物館 | ミキモト真珠島 / 株式会社ミキモト真珠島(資料取得 2026-10-11)
写真: Miyuki Meinaka / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

斎宮歴史博物館
斎宮歴史博物館は、斎宮跡の一角に建つ遺跡博物館です。中央の装置は館の平面図と地下の発掘遺構図を重ね、今いる建物の下に過去の場所があることを示します。展示は、文献から斎王の制度を読む部屋と、出土品や模型から斎宮の姿を考える部屋で構成されています。
実物の土器、復元した居室、調査結果から推定した配置を、同じ種類の証拠と思わず見比べてみてください。文字で残った制度と、土の中から出た生活の痕跡が、それぞれ違う角度から斎宮を伝えます。斎王の伊勢への旅を再現する映像もあり、過去の暮らしを想像することと、その想像を支える資料を読むことを往復できる館です。
緯度 34.542778 / 経度 136.609444 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 斎宮歴史博物館 (Q11500404) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-13)
- 斎宮歴史博物館 常設展案内 / 斎宮歴史博物館(資料取得 2026-10-11)
写真: Yanajin33 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

三重県総合博物館
三重県総合博物館の基本展示は、山、盆地、平野、磯の暮らしと、自然・人・ものの交流を一つの空間で扱います。大杉谷や鈴鹿山脈、伊勢湾、熊野灘が展示室の四隅に配置され、その間に地域の営みが広がります。ミエゾウの全身骨格は、各地の化石を三次元計測して制作した復元標本です。
大きなゾウの姿から、森や海、交通の展示へ目を移してみてください。今日の県境だけでなく、地層や生物、人の移動によって土地を見る入口になります。館の東側には、元の地形や植生を生かしたミュージアムフィールドがあります。展示室で知った自然を外の小さな森と読み合わせると、遠い過去と今いる場所がつながります。
緯度 34.742153 / 経度 136.501673 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 三重県総合博物館 (Q11357775) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-13)
- 三重県総合博物館 基本展示室 / 三重県総合博物館(資料取得 2026-10-11)
写真: Haretter / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)