土地の背景から、旅先を選ぶ。
滋賀県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には16件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載6件から5件の紹介例

延暦寺
延暦寺は一棟の寺名ではなく、比叡山に点在する約百の堂塔の総称です。東塔、西塔、横川という三つの区域に、それぞれ本堂があります。788年に最澄が一乗止観院を開き、のちには法然や親鸞、道元らもここで学びました。山の広がりと、学びが各地へ伝わった歴史が重なります。
堂の位置と山の斜面を見比べると、信仰の場が一つの中心に集まらず、山中に続くことを感じられます。2026年10月確認時点では、根本中堂の大改修が案内されています。古い銅板や塗装の痕跡を調べながら屋根を直す仕事から、歴史を受け継ぐとは、古い姿をただ残すだけではないと考えられます。
緯度 35.070555555556 / 経度 135.84111111111 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 延暦寺 (Q917195) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-06)
- 歴史|延暦寺について | 天台宗総本山 比叡山延暦寺 [Hieizan Enryakuji] / 天台宗総本山比叡山延暦寺(資料取得 2026-10-11)

彦根城
彦根城は、井伊家が1604年から約二十年をかけて築いた城です。かつては三重の堀、人工河川、城下町を含む大きな城郭で、今も内側に石垣の構成がよく残ります。国宝の天守だけを見るのでなく、堀から高台までの段差を読むと、街全体を守る城の姿が見えてきます。
天守へ向かう石段は、敵が一気に駆け上がれないよう、微妙に不規則につくられています。歩幅が変わる場所に目を向けると、石垣や門は眺める建築であると同時に、体の動きを制御する装置だったと分かります。自分の足で感じる坂と、上から見渡す城下町を重ねることが、彦根ならではの城の読み方です。
緯度 35.276388888889 / 経度 136.25166666667 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 彦根城 (Q1012374) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-08-31)
- 【公式】 国宝 彦根城 / 彦根城運営管理センター(資料取得 2026-10-11)
写真: Martin Falbisoner / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

石山寺
石山寺は、瀬田川の西岸に、硅灰石の大きな岩を土台として建つ寺です。747年に良弁が開いたと伝えられ、平安時代には貴族や文学者の石山詣でが盛んになりました。紫式部がここで『源氏物語』を書き始めたという話も、寺に伝わる伝説の一つです。
岩の起伏と堂塔の線を見比べると、寺名が実際の地形と結びつきます。本堂の内陣は1096年の再建、多宝塔は1194年の建立で、外陣などには淀殿の寄進による慶長期の修復が重なります。ひとつの古い寺としてまとめず、自然の岩と、異なる時代の建築や物語が同じ場所に残る姿を見てみてください。
緯度 34.96041944 / 経度 135.905625 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 石山寺 (Q1082791) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-03)
- 寺院概要 | 大本山 石山寺 公式ホームページ / 大本山石山寺(資料取得 2026-10-11)

日吉大社
日吉大社は、比叡山の麓、坂本に広がる山王信仰の総本宮です。境内は東本宮と西本宮に分かれ、両方の本殿は日吉造と呼ばれる独特の建築で、国宝に指定されています。多くの社殿は、信長の比叡山焼き討ち後、江戸時代初期に再建・建立されたものです。
大宮川の流れ、石の橋、森の中に点在する社殿を、一続きの空間として見てみてください。山王鳥居には「山」の字を表す形があり、西本宮楼門には猿の彫刻があります。信仰を説明する文字や動物が、建築の一部になるところが見どころです。山の神を祀る場と、その麓の暮らしをつなぐ境内の形が見えてきます。
緯度 35.071524 / 経度 135.862219 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 日吉大社 (Q656451) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 山王総本宮 日吉大社 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる! / 公益社団法人びわこビジターズビューロー(資料取得 2026-10-11)

安土城
安土城跡では、天主そのものではなく、そこへ至る石の道と建物の足元が残っています。信長の築城は丹羽長秀を総普請奉行として進められ、現在の天主跡には地下部分を囲む石垣と礎石があります。華麗な城のイメージを、実際に残る地形と石から読み直せる場所です。
大手道では、築城時に石材として使われた石仏や墓石にも注目してみてください。もとは信仰の対象だった石が、城をつくる材料へ変わり、今は築城の経緯を示す資料として保存されています。階段を上る体験に、この役割の変化を重ねると、安土城を壮大な建築だけでなく、多くの物を動かした仕事として見ることができます。
緯度 35.156022222222 / 経度 136.13936111111 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 安土城 (Q786888) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-01)
- 安土城址を散策する – 織田信長の安土城址と摠見寺 / 一般社団法人安土山保勝会・宗教法人摠見寺(資料取得 2026-10-11)
写真: Akonnchiroll / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
自然・景色
掲載5件から5件の紹介例

琵琶湖
琵琶湖は、約四百万年の歴史を持つ古代湖です。最初の湖は現在の三重県伊賀市付近にでき、地盤の動きや土砂の堆積に伴って位置と形を変えました。現在の場所に定まったのは、少なくとも約四十万年前。今の湖岸を、長い移動の途中に生まれた形として眺められます。
広い水面が同じ深さで続くわけではありません。平均水深は南湖が約四メートル、北湖が約四十三メートルで、大きな差があります。その違いと、長い時間の中で生まれた固有の生き物を読み合わせると、湖は一枚の青い景色ではなく、場所ごとに異なる環境だと分かります。岸から見えない水の底にも、想像を広げてみてください。
緯度 35.255 / 経度 136.08 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 琵琶湖 (Q200239) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-28)
- 琵琶湖の概要|滋賀県 / 滋賀県(資料取得 2026-10-11)
写真: Lonely Planet Japan / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

海津大崎
海津大崎は、琵琶湖の北端で、波の浸食によって岩礁が突き出した湖岸です。断崖の先には大崎寺が立ち、春には約四キロにわたってソメイヨシノが続きます。約八百本の桜には、八十年を超える老木と、次の世代を担う若木が混じっています。
桜の季節には花だけでなく、枝の向こうの岩と水面も見てみてください。波がつくった岸の形と、人が育ててきた木の列が、一つの景色になります。地元の「美しいマキノ・桜守の会」は、この景観を引き継ぐため保全に取り組んでいます。木々の年齢の違いに目を向けると、名所を残す仕事が今も続いていると感じられます。
緯度 35.44927 / 経度 136.08763 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 海津大崎 (Q11559016) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-03)
- 海津大崎 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる! / 公益社団法人びわこビジターズビューロー(資料取得 2026-10-11)
写真: 日:Jnn / CC BY 2.1 jp / 写真の出典(2026-10-11)

伊吹山
伊吹山は、滋賀・岐阜の県境にそびえる標高約1377メートルの山です。山頂のお花畑は国の天然記念物で、薬草や亜高山植物でも知られます。頂上の植物と、遠くに広がる琵琶湖や山並みを合わせて見ると、一つの山に、小さな生き物の世界と大きな地形の広がりが重なります。
花の色だけでなく、風を受ける山頂で植物がどのような場所に育つかにも目を向けてみてください。2026年10月確認時点の県観光案内では、2023年の崩落により麓からの登山道は利用できません。ドライブウェイの九合目から山頂への歩行は可能とされていますが、その登山道で麓へ下ることはできないため、経路を分けて考える必要があります。
緯度 35.417777777778 / 経度 136.40611111111 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 伊吹山 (Q2624360) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-08-25)
- 伊吹山 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる! / 公益社団法人びわこビジターズビューロー(資料取得 2026-10-11)
写真: kazu2011 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

余呉湖
余呉湖は、琵琶湖の北、賤ヶ岳を隔てた場所にある湖です。三方を山に囲まれた断層盆地にあり、琵琶湖とは水面の高さが約四十九メートル異なります。近くにある二つの湖が、同じ高さでつながる水面ではないことが、この土地の形を考える手掛かりになります。
「鏡湖」という別名のように、山の輪郭と水面に映る姿を見比べてみてください。湖には天女の羽衣や龍神・菊石姫の伝説があり、羽衣の話にも複数の語り方があります。静かな水面を、地形がつくる景色として見る目と、人が物語を重ねてきた場所として見る目。その二つを行き来すると、小さな湖の奥行きが広がります。
緯度 35.52222222 / 経度 136.19388889 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 余呉湖 (Q11385251) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-11)
- 余呉湖 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる! / 公益社団法人びわこビジターズビューロー(資料取得 2026-10-11)

三島池
三島池は、約700年前に農業用水池として造られた楕円形の池です。三島神社との結びつきの中で、鳥や魚も保護されてきました。1957年にマガモの自然繁殖が確認され、地元の大東中学校の生徒による2年間の観察を経て、県の天然記念物に指定されています。
伊吹山が映る水面の近くには、水鳥や野鳥が飛来します。山の景色だけでなく、水を利用する人と、水辺に暮らす鳥の関係も見てみてください。子どもたちの継続した観察が池の価値を明らかにしたことを知ると、身近な自然を見続ける意味が感じられます。市の案内は水鳥や鯉への餌やりを控えるよう求めています。
緯度 35.375556 / 経度 136.358333 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 三島池 (Q11355261) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2023-12-15)
- 三島池/米原市 / 米原市(資料取得 2026-10-11)
写真: Kazu2011 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

滋賀県立琵琶湖博物館
琵琶湖博物館は、湖へ突き出す烏丸半島にある、「湖と人間」を考える博物館です。湖の生い立ち、人の歴史、自然と暮らしを扱う展示に、水族展示が重なります。湖を魚のすむ場所としてだけでなく、そこから食べ物を得て生活してきた人の場所として見られます。
水槽の魚と、湖魚料理を伝える湖魚店の展示を読み合わせてみてください。同じ生き物が、自然史と食文化の両方につながります。マイクロアクアリウムでは、目だけでは分かりにくい小さな生物を顕微鏡で観察できます。目の前の湖を、大きな水面から微小な生命へ、さらに人の暮らしへと縮尺を変えて見る入口です。
緯度 35.074139 / 経度 135.934917 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 滋賀県立琵琶湖博物館 (Q11564667) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-13)
- コンセプト | 滋賀県立琵琶湖博物館 / 滋賀県立琵琶湖博物館(資料取得 2026-10-11)
写真: Kekero / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

MIHO MUSEUM
MIHO MUSEUMは、信楽の山中にI・M・ペイが設計した美術館です。建物の約八割を地中に収め、トンネルと吊り橋を経て入口へ至る構成になっています。創立者・小山美秀子が集めた日本の茶道具や絵画などを出発点に、コレクションは古代オリエントの美術へと広がりました。
谷を渡るまでの暗さと、館内でガラス屋根から入る光の違いを意識してみてください。山は作品の背景ではなく、建物の見え方をつくる要素です。三角形を組み合わせた屋根の構造と、窓越しの山の稜線を読み合わせると、古い美術品を見る体験を現代の建築がどう組み立てているかを考えられます。
緯度 34.91592222 / 経度 136.01582222 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: MIHO MUSEUM (Q1268542) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-09)
- コレクション | MIHO MUSEUM / MIHO MUSEUM(資料取得 2026-10-11)
写真: 663highland / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

滋賀県立美術館
滋賀県立美術館は、1984年の開館以来、近代日本画、滋賀ゆかりの美術・工芸、戦後の現代美術を集めてきました。その後はアール・ブリュットなどにも収集を広げています。小倉遊亀や志村ふくみ、マーク・ロスコなど、異なる背景を持つ作り手の表現が収蔵されています。
訪問時の作品だけでなく、建物の素材にも目を向けてみてください。展示室などを収めた三つの建物はガラスの回廊でつながり、外壁には信楽焼のタイルが使われています。改修後のベンチや照明、案内にも信楽のものづくりが関わります。地域の工芸は展示室の中だけでなく、美術を見る日常の空間にも生きています。
緯度 34.970444 / 経度 135.942139 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 滋賀県立美術館 (Q11564683) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-06)
- 収集方針とコレクションの特色 | 滋賀県立美術館 / 滋賀県立美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: Rui.ishiguro / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

黒壁スクエア
黒壁スクエアは、長浜の北国街道沿いにある古い町並みの一角です。明治期の銀行を改装した黒壁ガラス館を中心に、ガラスの店や工房、ギャラリー、体験教室が点在します。建物を残すことと、新しい仕事を入れることが、同じ町の中で重なっています。
銀行だった建物の外観と、中で扱われるガラスの光を見比べてみてください。黒い壁の記憶を残しながら、用途は金融からものづくりや鑑賞へ変わりました。一つの店だけで終わらず、古い通りの中に工房や展示がどのように配置されているかを見ると、町並みの保存を、暮らしや商いを続ける工夫として感じられます。
緯度 35.381142 / 経度 136.266646 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 黒壁スクエア (Q11678068) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-11-25)
- 黒壁について - 黒壁 / 株式会社黒壁(資料取得 2026-10-11)
写真: 663highland / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

佐川美術館
佐川美術館は、1998年に近江・守山で開館しました。水庭の上に浮かぶように見える三つの建物で、日本画の平山郁夫、彫刻の佐藤忠良、陶芸の樂直入の作品を中心に紹介しています。作品の素材の違いと、水面に映る建築が、一つの美術館の表情をつくります。
絵画の奥行き、彫刻の量感、陶器の表面を、それぞれ水や光のある空間と読み合わせてみてください。館には、858年に比叡山の鐘として鋳造され、のちに京都の大雲寺へ移った梵鐘も収蔵されています。現代の建築の中に、異なる時代と場所を経た物が集まることから、美術館を時間の交差点として見ることができます。
緯度 35.10944444 / 経度 135.94611111 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 佐川美術館 (Q7399081) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-04-21)
- 佐川美術館 | 佐川美術館 / 佐川美術館(資料取得 2026-10-11)