土地の背景から、旅先を選ぶ。
鳥取県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には15件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載5件から5件の紹介例

投入堂
投入堂は、三徳山の北側、標高約500メートルの岩の窪みに建つ国宝の堂です。凝灰角礫岩と安山岩の溶岩の境目を使い、上から岩が張り出す地形と建物が一体になっています。年輪年代の調査では平安時代後期の建築と分かり、断崖に浮くような姿に長い時間が重なります。
岩の形と堂の屋根や足元を見比べると、建物の輪郭だけでなく、それを受け止める自然の窪みも見どころになります。役行者が法力で堂を投げ入れたという話は寺に伝わる伝説です。建築年代を調べる手がかりと、名前を語り継ぐ物語を分けて知ると、この特異な姿への向き合い方が広がります。
緯度 35.39653 / 経度 133.9594 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 投入堂 (Q19826408) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-12)
- 三徳山三佛寺|三徳山 公式ホームページ / 三徳山三佛寺(資料取得 2026-10-11)
写真: Copyright © 2003 David Monniaux / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

鳥取城
鳥取城は、秀吉の兵糧攻めで知られる戦国の山城と、江戸時代に池田光政が拡張した鳥取藩32万石の居城という、異なる時代の姿を重ねています。山頂だけに目を向けず、山麓に幾重にも広がる石垣を見ると、山を守りに使う城から、藩の拠点へ変わった大きさが伝わります。
天球丸の丸い「巻石垣」は、江戸末期に石垣の崩落を防ぐため築き足されたものを復元した姿です。角をつくらない球面は、ほかの石垣の直線と見比べたい形。敵を防ぐためだけでなく、城そのものを支える工夫にも注目すると、石積みが担った役割を読み分けられます。
緯度 35.5074 / 経度 134.24 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 鳥取城 (Q1073699) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-07)
- 国指定史跡「史跡鳥取城跡附太閤ヶ平」にようこそ! - 鳥取市公式ウェブサイト(文化財課) / 鳥取市 文化財課(資料取得 2026-10-11)

大神山神社
大神山神社には、大山山麓の本社と山中の奥宮があります。高い場所では冬の雪が奉仕の妨げになるため、かつては低い場所の冬宮と大山の夏宮に祭事を分けていました。現在の二つの社を、同じ姿の繰り返しではなく、山の季節に対応してきた信仰の歴史として見ることができます。
明治4年に冬宮が大神山神社、明治8年に夏宮が大神山神社奥宮へ改称され、神仏分離を経て一つの神社になりました。奥宮の前身は地蔵菩薩も祀る智明権現社です。社名や山との位置関係を手がかりに、現在の神社の姿の背後にある、神と仏をともに祀った時代へも目を向けてみてください。
緯度 35.418041 / 経度 133.405993 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 大神山神社 (Q251160) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 大神山神社|霊峰大山を祀る社 / 大神山神社(資料取得 2026-10-11)
写真: Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
米子城
米子城は、市街地の湊山、標高90メートルの丘に築かれた近世初期の城です。かつての建物はすべて失われましたが、石垣や礎石には城の形が残っています。文献や絵画資料も伝わり、2006年に国史跡になりました。天守がある城とは違い、建物のない地面そのものが手がかりです。
石垣の高さや折れ曲がり、礎石の並びに目を向けると、今見える石と、その上にかつてあった建物を分けて考えられます。丘の上から周囲を見る視点と、足元の配置を読む視点を行き来するのが、この城跡を味わう一つの方法。残されたものの少なさも、想像で補う前に確かめたい歴史の一部です。
緯度 35.425 / 経度 133.3244 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 米子城 (Q11604077) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-06)
- もっと知りたい!米子城/米子市ホームページ / 米子市(資料取得 2026-10-11)
写真: by Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

仁風閣
仁風閣は、池田仲博の別邸として片山東熊が設計し、1907年に建てられた白い木造洋館です。王冠形の棟飾りや六つの煙突、八角の尖塔が屋根を彩ります。内部のらせん階段は中央の支柱を使わず、硬いケヤキの厚板で支える構造。外観と階段の曲線で、異なる建築の工夫を比べられます。
2026年10月確認時点では、文化財修理のため長期休館中で、再開館は2029年度中の予定です。内部を見られる前提にせず、公式資料で屋根の水平線と尖塔の縦の線、階段の曲線をたどってみてください。城跡の石垣のそばに建つ洋館を、形の変化から読む見方です。
緯度 35.507194444444444 / 経度 134.2375 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 仁風閣 (Q6202742) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-01)
- 仁風閣とは | ガイダンス施設 鳥取城跡・仁風閣 展示館 / 公益財団法人 鳥取市文化財団/仁風閣(資料取得 2026-10-11)
自然・景色
掲載5件から5件の紹介例

鳥取砂丘
鳥取砂丘の砂は、中国山地の花こう岩などが風化し、千代川を通って海へ流れ、波で岸に戻された後、風に運ばれてできました。広い砂の高まりは、山・川・海の働きが重なった姿です。風紋や砂簾、すりばち状の地形、ハマゴウなどの植物群落が評価され、国の天然記念物になっています。
遠くの起伏を見た後は、近くの砂面の筋や植物にも視線を移してみてください。大きな丘と小さな模様は、同じ砂が風に動かされる異なる尺度です。地表が乾いて見えても降雨のある砂丘で、乾燥地域を指す砂漠とは違います。砂一色に見える風景にも、水や生きものの条件を探す余地があります。
緯度 35.54 / 経度 134.2275 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 鳥取砂丘 (Q780905) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-06-23)
- 鳥取砂丘とは(歴史) | 鳥取砂丘 観光ガイド Tottori Sand Dunes Travel Guide / 鳥取砂丘ビジターセンター(資料取得 2026-10-11)
写真: Hashi photo / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)

三朝温泉
三朝温泉の街を眺めるなら、湯の性質だけでなく、川をまたぐ三朝橋にも注目できます。1934年につくられた青御影石の橋で、たもとには河原風呂と足湯があります。入浴の場所が川辺の風景に重なるため、橋、水面、湯の場所を一緒に見ると、この温泉街のまとまりが感じられます。
河原風呂の入口には、1929年の映画「三朝小唄」の主人公二人が寄り添うブロンズ像があります。湯の町を舞台にした物語が、橋の近くに形を残しているのです。橋を単なる移動の道具として通り過ぎず、石の色や像の姿を見れば、温泉の風景に映画と街の記憶を重ねる見方ができます。
緯度 35.41075 / 経度 133.893083 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 三朝温泉 (Q11355561) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 三朝温泉の効能と歴史 | 三朝温泉ポータルサイト│宿泊施設&観光情報満載【三朝温泉 公式サイト】 / 三朝温泉観光協会(資料取得 2026-10-11)
写真: 三塚 / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
雨滝
雨滝は、高さ約40メートル、幅約4メートルの水が、玄武岩の崖から落ちる滝です。岩には柱状節理という柱のような割れ目があり、流れる水と、整った形で並ぶ岩肌を一緒に見ることができます。滝の勢いだけでなく、水が落ちる場所をつくった地質も、この風景の主役です。
水の形は変わり続け、岩の柱はその背後にとどまります。二つを見比べると、同じ崖の中に異なる時間の動きが感じられます。本滝は災害復旧を経て2026年7月に一般開放されましたが、10月確認の公式案内では奥の滝はなお立入禁止です。本滝と奥側の区域をひと続きの散策先とは考えないでください。
緯度 35.478333333333 / 経度 134.40416666667 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 雨滝 (Q11659756) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2021-08-13)
- 雨滝(日本の滝百選) - 鳥取市公式ウェブサイト(国府町総合支所 地域振興課) / 鳥取市(資料取得 2026-10-11)
写真: Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

燕趙園
燕趙園は、鳥取県と中国河北省の友好を象徴し、皇帝の庭園に由来する皇家園林方式を再現した庭園です。設計や資材加工は中国で行い、建物を一度組み立ててから解体し、日本へ運んで再び建設しました。古い中国の宮殿そのものではなく、その庭づくりを鳥取に写した場所です。
黄色い瑠璃瓦や、五本爪の龍を含む二千以上の彩画を見たら、建物の間から見える東郷湖と山々にも目を移してみてください。周囲の風景を取り込む借景によって、中国から来た色や形と、鳥取の水面や稜線が重なります。装飾の細部と、庭の外まで続く眺めを比べると、庭園の組み立て方が見えてきます。
緯度 35.465888888889 / 経度 133.893 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 燕趙園 (Q5375437) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-06-23)
- 施設紹介 | 中国庭園 燕趙園 / 鳥取県立中国庭園 燕趙園(資料取得 2026-10-11)
湖山池
湖山池の周りには、湖畔を取り囲む総合公園が整備され、花畑、子どもの遊び、休養という三つの区域があります。南側には青島大橋でつながる青島、西側には金沢や福井の広場があります。同じ湖面を中心にしても、岸や島の形、広場の使われ方によって眺める位置が変わる場所です。
福井側では、湖の汽水化で失われたハスの保護に取り組んでいます。広い水面だけを見るのでなく、岸の植物が育つ条件にも目を向けると、景色の変化を環境の変化として考えられます。湖全体を一枚の風景にまとめず、島、広場、植物のいる水辺という小さな場面に分けて見るのも一つの方法です。
緯度 35.5139 / 経度 134.149 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 湖山池 (Q3214989) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-10-14)
- 湖山池公園のご案内 - 公園・運動施設について - 鳥取市公式ウェブサイト(河川公園課) / 鳥取市(資料取得 2026-10-11)
写真: by Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

青山剛昌ふるさと館
青山剛昌ふるさと館は、北栄町出身の漫画家と「名探偵コナン」の制作を紹介する施設です。仕事部屋の展示は本人の部屋そのものではなく、イメージを再現したもの。名場面やアニメ・映画の展示には複製原画も使われ、完成した作品と、それをつくる仕事の手がかりを並べて見られます。
好きな場面を見つけたら、線や画面の組み方にも目を向けてみてください。物語を読む目から、漫画を描く過程を見る目へ切り替える入口になります。2026年10月確認の公式案内では、現館は2027年1月11日に営業を終え、新館は同年春に開く予定です。今の展示と、移転後の姿を同じものとして扱わないでください。
緯度 35.498028 / 経度 133.761833 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 青山剛昌ふるさと館 (Q11661221) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-08)
- 青山剛昌の夢~創作の秘密|青山剛昌ふるさと館 / 青山剛昌ふるさと館(資料取得 2026-10-11)

水木しげる記念館
水木しげる記念館では、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者を、妖怪漫画だけではなく一人の人間としてたどります。幼少期は自伝的漫画や映像で、苛酷な戦争体験は資料で紹介。代表作「悪魔くん」も含め、作品世界と、その前後にある長い生涯を行き来できる展示です。
43体の妖怪が潜む妖怪洞窟では、まず姿や表情の違いを見てみてください。その後で幼少期や戦争のコーナーを振り返れば、漫画の不思議な存在を見る目と、作者の経験を知る目が並びます。どの作品を知っているかに加え、どんな経験の隣でその世界が語られているかを考える見方です。
緯度 35.546395 / 経度 133.23128 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 水木しげる記念館 (Q120784441) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-08-25)
- 記念館の見どころ | 水木しげる記念館 / 水木しげる記念館(資料取得 2026-10-11)
写真: ITA-ATU / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)

植田正治写真美術館
植田正治写真美術館は、大山の麓にある高松伸設計の建物です。植田は境港を離れず、山陰の空や地平線、砂丘を背景に、人物を物のように配置する演出写真を生みました。その作風は「植田調」としてフランスでも紹介されています。土地の風景と、人を置く構図の関係が作品を見る手がかりです。
写真の中で背景と人物の間にある余白を見たら、天候に応じて、館内からの大山の眺めにも視線を移してみてください。公式案内が紹介する水面の「逆さ大山」は、山をもう一度別の画面に映す景色です。写された風景と、今いる建築が切り取る風景を比べれば、景色を見ることと、画面をつくることの近さを考えられます。
緯度 35.389861 / 経度 133.435833 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 植田正治写真美術館 (Q9047014) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-27)
- 植田正治写真美術館 / 植田正治写真美術館(資料取得 2026-10-11)

鳥取県立博物館
鳥取県立博物館は、砂丘や大山の生物、オオサンショウウオなどを扱う自然史と、鳥取の歴史を結んで紹介します。入口には雄と雌のオウギハクジラの骨格標本。2025年からの「とっとりの藩と城」は、館が立つ鳥取城跡と久松山を核に、歴史、自然史、美術工芸をまとめて見る展示です。
外の城山を地形として見る目と、人が築いた城として見る目を、展示で行き来してみてください。一つの場所を自然と歴史の両方から読む視点が得られます。2026年10月の公式告知では、二ノ蔵と三ノ蔵は同年12月7日から2027年3月5日まで休室予定です。すべての部屋を常に見られる前提にはしないでください。
緯度 35.5083 / 経度 134.236 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 鳥取県立博物館 (Q4707652) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-26)
- 1階/展示活動室(通常展示)/とりネット/鳥取県公式サイト / 鳥取県立博物館/鳥取県(資料取得 2026-10-11)

円形劇場くらよしフィギュアミュージアム
円形劇場くらよしフィギュアミュージアムは、1955年に建てられた旧明倫小学校の円形校舎を生かした施設です。中央のらせん階段と扇形の教室は、学校だった頃の形を残します。一度は解体が決まりましたが、約七千人の署名を受けて保存へ向かい、フィギュアの展示施設へと使い方が変わりました。
小さな造形を見るときは、作品を囲む教室の形にも目を向けてみてください。円の中心から外へ広がる部屋では、作品を見る向きと建物の形の関係を考えられます。地元に工場を持つグッドスマイルカンパニーや海洋堂などが協力した展示と、もとの校舎の構造を一緒に読むと、保存された建物の新しい役割が見えてきます。
緯度 35.42926 / 経度 133.81526 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 円形劇場くらよしフィギュアミュージアム (Q57744700) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-06-22)
- 円形劇場について / 円形劇場くらよしフィギュアミュージアム(資料取得 2026-10-11)