土地の背景から、旅先を選ぶ。
香川県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には15件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載5件から5件の紹介例

丸亀城
丸亀城は、標高約66mの亀山に築かれた平山城で、亀山城とも呼ばれます。天守の北壁には鉄砲を使う狭間が設けられ、内側を広くすることで向きを変えやすくしています。石落としも北側の門の真上に置かれ、城へ上る裏口通路の防御を考えた仕組みです。
柱には手斧で削ったウロコ状の跡があり、床板は幅の広い江戸期の材と、昭和の解体修理で交換した細い材が混在しています。守りの装置と職人の加工、後の修理を同じ天守の中で比べてみてください。古い城を一つの完成形として見るより、造る仕事と受け継ぐ仕事の重なりに目が向きます。
緯度 34.286191 / 経度 133.800194 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 丸亀城 (Q250658) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-08-31)
- 丸亀城とは - 丸亀城 - 丸亀市公式ホームページ / 丸亀市(資料取得 2026-10-11)
写真: Toto-tarou / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

善通寺
善通寺は真言宗善通寺派の総本山で、四国八十八ヶ所の第75番札所です。境内は東院の「伽藍」と西院の「誕生院」に分かれ、東院には金堂や五重塔、西院には御影堂があります。寺の案内では、東院を創建以来の寺域、西院を弘法大師の生まれた佐伯家の邸宅跡としています。
誕生院は鎌倉時代に建てられ、江戸時代までは伽藍と別の寺でしたが、明治時代に一つの善通寺になりました。二つの院を比べると、寺の創建を伝える場所と、生誕を記憶する場所が、後から結び付いたことが分かります。堂や塔の名前だけでなく、それぞれが何を伝えるために置かれたのかを考えてみてください。
緯度 34.22511111 / 経度 133.77413889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 善通寺 (Q787035) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- ご由緒 – 総本山善通寺 / 総本山善通寺(資料取得 2026-10-11)

金刀比羅宮
金刀比羅宮は、琴平町の象頭山東斜面に鎮座し、海を守る神として信仰されてきた「こんぴらさん」です。御本宮へ至る石段は785段。参道の途中にも小さな神社があり、山を登る道そのものが、さまざまな神を祀る場所をつないでいます。
三穂津姫社前の青銅灯籠は、1757年に大坂の商人が奉納したものです。2025年元日の倒壊後、部材の接合や歪みの修正を経て、同年10月24日に伝統的な技法で修理が完了しました。石段の先にある社殿だけでなく、寄進された物とそれを直す仕事にも目を向けると、信仰を支える人の広がりが見えてきます。
緯度 34.1842578 / 経度 133.8096142 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 金刀比羅宮 (Q94760) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 金刀比羅宮 / 金刀比羅宮(資料取得 2026-10-11)
屋島寺
屋島寺は、屋島の南嶺にある四国八十八ヶ所の第84番札所です。鑑真が北嶺に開いたと伝わり、弘法大師が伽藍を南嶺へ移したという由来を持ちます。現在の本尊・十一面千手観音坐像は10世紀の天暦年間頃の作とされ、国の重要文化財に指定されています。
本堂は鎌倉時代の造営とされ、戦乱による衰退を経て、生駒氏の寺領寄進や藩主の援助で修築が重ねられました。創建の伝承と、堂や仏像を受け継ぐ歴史を分けて考えると、同じ山の上に異なる時代が見えてきます。源平合戦の舞台として知られる屋島を、巡礼と修復の場所からも読み直してみてください。
緯度 34.35791667 / 経度 134.10125 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 屋島寺 (Q3571906) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 南面山 千光院 屋島寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会 / 一般社団法人四国八十八ヶ所霊場会(資料取得 2026-10-11)
写真: Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
八栗寺
八栗寺は五剣山の八合目にある第85番札所です。寺名の由来には、唐へ向かう弘法大師が植えた8個の焼き栗が、帰国後に芽吹いていたという伝承があります。長宗我部元親の兵火で全焼した後、江戸時代に再興され、高松藩主・松平頼重が現在の本堂を整えました。
1791年建立の鐘楼堂には、歌人で書家の會津八一による歌銘を持つ梵鐘があります。山と栗をめぐる由来、再興された堂、鐘に刻む言葉を並べると、信仰を伝える方法が一つではないことに気付けます。伝承を史実と混ぜず、建物や文字として残された時間にも目を向けてみてください。
緯度 34.359888888889 / 経度 134.13952777778 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 八栗寺 (Q11391459) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 五剣山 観自在院 八栗寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会 / 一般社団法人四国八十八ヶ所霊場会(資料取得 2026-10-11)
写真: Reggaeman / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
自然・景色
掲載5件から5件の紹介例

栗林公園
栗林公園は高松松平家の別邸として整えられた庭園です。紫雲山を背景に6つの池と13の築山を配し、1745年に五代藩主・頼恭の時代に完成しました。江戸期の庭造りを受け継ぐ南庭に対し、北庭は明治以降に近代的な公園として整えられています。
池の手前にある石や手入れされた松と、背後の紫雲山を重ねて見てみてください。庭の外の山を景色に取り込む借景と、歩く位置で眺めが変わる池泉回遊式の工夫がつながります。南庭と北庭を比べると、藩主の別邸だった場所に、一般公開後の公園という別の時間が加わったことも読み取れます。
緯度 34.32958333 / 経度 134.04388889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 栗林公園 (Q1071520) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-01)
- 特別名勝 栗林公園(りつりんこうえん)|特別名勝 栗林公園(りつりんこうえん)|栗林公園|香川県観光協会公式サイト - うどん県旅ネット / 公益社団法人香川県観光協会(資料取得 2026-10-11)
写真: Leela Soden / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-10)

父母ヶ浜
父母ヶ浜は、三豊市にある約1kmの遠浅の海岸です。干潮時には砂浜に潮だまりが現れ、風が弱く水面が波立たないと空を映します。夕暮れの光と潮の満ち引き、風の具合が重なることで、砂浜の上にもう一つの空が見える景色になります。
1994年にさかのぼる埋立構想をきっかけに、地域の人が海岸清掃を始めました。計画が取りやめになった後も「ちちぶの会」の清掃は続いています。水面の反射だけを写真に収めるのではなく、海から流れ着く物を拾い続ける仕事も思い浮かべてみてください。自然の条件と地域の営みを、一枚の風景の中で考えられる浜です。
緯度 34.18833333333333 / 経度 133.64908333333332 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 父母ヶ浜 (Q60997790) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-08-09)
- 【公式】父母ヶ浜(ちちぶがはま)絶景写真の撮れるタイミング・アクセス方法 | 三豊市観光交流局 / 三豊市観光交流局(資料取得 2026-10-11)
写真: Dokudami / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)

エンジェルロード
エンジェルロードは、潮の満ち引きで現れたり消えたりする砂の道です。弁天島、中余島、小余島、大余島を合わせて「余島」と呼び、弁天島の約束の丘展望台には鐘があります。砂の道で島の並びを眺められますが、中余島は私有地、大余島はYMCAの専用キャンプ場で、無断立入りはできません。
波音をイメージしたベンチ「天使の休息」には、土庄町大部財産区の間伐材が使われています。また、天使のポストから送る郵便には、オリーブやこの砂の道を描いた風景印が押されます。潮がつくる一時的な道と、木や手紙に残す思い出を並べると、風景を受け止める人の工夫にも目が向きます。
緯度 34.477222 / 経度 134.188556 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: エンジェルロード (Q11291322) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-03)
- エンジェルロード/土庄町 / 土庄町(資料取得 2026-10-11)

寒霞渓
寒霞渓は、小豆島のほぼ中央、星ヶ城山と四方指の間に広がる渓谷です。火山活動でできた安山岩や火山角礫岩が、風化や侵食を受けて奇岩と崖をつくりました。現在の名は、1878年に儒学者・藤澤南岳が付けたものです。1923年には国の名勝に指定されました。
表12景、裏8景という名付け方に注目すると、岩の形を人がどう見立ててきたかを考えられます。谷の起伏や切り立つ岩を、遠くに広がる瀬戸内海と重ねて見てみてください。火山がつくった材料を水や風が削り、さらに人が名前を与えるという、異なる時間の重なりがこの景観に表れています。
緯度 34.51555556 / 経度 134.30083333 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 寒霞渓 (Q6363624) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2021-01-22)
- 寒霞渓の魅力 | 小豆島で観光・絶景・アートを楽しむなら寒霞渓ロープウェイへ / 小豆島総合開発株式会社(資料取得 2026-10-11)
屋島
屋島の台のような地形は、約1400万年前の火山活動で水平に流れた溶岩が、後に侵食されてできたメサです。下部の花崗岩、中腹から上部の凝灰岩、最上部の讃岐岩質安山岩という構成を持ち、平らな山頂の周囲を切り立った崖が囲んでいます。
南嶺西斜面の遍路道沿いにある畳石は、安山岩の板状節理が露出した場所で、厚さ2〜5cmの板が積み重なるように見えます。遠くから見る台地の輪郭と、小さく割れた岩の重なりを比べると、同じ岩の成り立ちを違う尺度で考えられます。山頂の高さだけでなく、火山と侵食が残した形にも目を向けてみてください。
緯度 34.35583333333334 / 経度 134.10472222222222 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 屋島 (Q11465681) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-06-09)
- 屋島|高松市 / 高松市(資料取得 2026-10-11)
写真: 屋嶋の仙人 / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

ベネッセハウス
ベネッセハウスは、「自然・建築・アートの共生」を主題に、美術館とホテルを一体にして1992年に開館しました。安藤忠雄が設計した宿泊棟は、ミュージアム、オーバル、パーク、ビーチの4棟です。長いスロープや階段、開口部から入る光が、作品に出会う体の動きと結び付いています。
作品の前だけでなく、移動する通路と外の景色にも目を向けると、泊まる空間と鑑賞する空間のつながりを考えられます。2027年1月12〜18日はメンテナンスでホテル全館が休館予定です。ビーチ棟とテラスレストランは同年1月4日〜3月4日が休館期間で、レストランは1月4日の朝食のみ営業します。
緯度 34.445 / 経度 133.990889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: ベネッセハウス (Q11337013) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-08-20)
- 宿泊する | ベネッセアートサイト直島 / ベネッセアートサイト直島(資料取得 2026-10-11)
写真: KimonBerlin / CC BY-SA 2.0 / 写真の出典(2026-10-11)
豊島美術館
豊島美術館は、内藤礼と西沢立衛による美術館です。唐櫃の丘で、地元住民と再生した棚田の一角に、水滴のような建物を置いています。約40×60mのコンクリート・シェルに柱はなく、天井の2つの開口部が周囲の光や風、音を取り込みます。
内藤礼の「母型」では、床のいたるところから水が湧き出します。作品の境目を探すより、水の動きと外から入る鳥の声を一緒に受け止めると、建築の内外を行き来する感覚に目が向きます。敷地の植栽も島に自生する草からなり、棚田の風景へ続きます。鑑賞は日時指定の予約制で、オンライン完売時は当日の窓口販売もありません。
緯度 34.489844760988404 / 経度 134.09031293728793 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 豊島美術館 (Q2379884) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-06-22)
- 豊島美術館 | アート・建築をみる | ベネッセアートサイト直島 / ベネッセアートサイト直島(資料取得 2026-10-11)
写真: Epiq / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

地中美術館
地中美術館は2004年、「自然と人間との関係を考える場所」として設けられました。直島の景観に配慮して建物の大半を地下に埋め、安藤忠雄が設計しています。モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの作品を恒久設置し、地下にも自然光が入る構成です。
デ・マリアの空間では、直径2.2mの球体と27体の金箔を施した木彫が、天井からの光の中に置かれています。作品の形だけでなく、光を受ける部屋まで一緒に見ると、建築が鑑賞の一部になっていることに気付けます。入館は日時指定の予約制で、オンライン完売時は当日の窓口販売もありません。
緯度 34.44975833 / 経度 133.98580278 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 地中美術館 (Q4556499) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-30)
- 地中美術館 | アート・建築をみる | ベネッセアートサイト直島 / ベネッセアートサイト直島(資料取得 2026-10-11)

四国村
四国村は屋島山麓の野外博物館で、四国四県から33棟の建物を移築復元しています。江戸から大正期の住宅、作業小屋、芝居小屋、米倉や醤油醸造所など、実際の暮らしや仕事に使われた建物です。1976年には16棟で開村し、後に灯台職員の住宅兼事務所も加わりました。
柱や梁、建物と一緒に置かれた民具を比べると、住む場所と働く場所の工夫が見えてきます。ここにあるのは、もとの集落を丸ごと保存した景色ではなく、各地から運び、組み直した建物です。山村の家から灯台の退息所までを並べて眺めることで、四国の人々が異なる環境で暮らしてきたことを考えられます。
緯度 34.34555556 / 経度 134.10888889 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 四国村 (Q4250629) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-07-19)
- 四国村とは | SHIKOKUMURA / 四国村(資料取得 2026-10-11)

香川県立ミュージアム
香川県立ミュージアムは、歴史博物館と文化会館の美術部門を統合し、2008年に再出発した総合ミュージアムです。高松城東ノ丸跡に建ち、発掘された石垣を残し、その周囲を堀のようにしています。空海を扱う展示では、収蔵資料と国宝・重要文化財の複製を組み合わせています。
石垣の下側は1671年頃のもので、上側は近くの石垣を参考に元の高さを再現した部分です。残った物、復元した形、展示用の複製を見分けてみてください。歴史と美術を一緒に学ぶこの館では、何が過去から届いたのかに加え、伝えるために何を作り直したのかという問いも、建物の外から展示室へ続いています。
緯度 34.3497 / 経度 134.053 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 香川県立ミュージアム (Q7743932) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-23)
- 施設概要 | 【公式】香川県立ミュージアム / 香川県立ミュージアム(資料取得 2026-10-11)