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福岡県のスポットを見比べる。
寺社・歴史、自然・景色、美術・文化。場所ごとの背景を読み、気になった地域をWAKABARの地図から探せます。
この資料には15件を掲載しています。紹介の原文は日本語です。
寺社・歴史
掲載5件から5件の紹介例
宗像大社
宗像大社は、沖津宮・中津宮・辺津宮の三宮を総称する神社です。日本神話に登場する三女神をそれぞれ祀り、沖ノ島からは4〜9世紀のものが多い祭祀の品々が出土しています。神宝館は沖ノ島の約8万点の国宝を中心に収蔵し、古代の祈りを物から伝えています。
辺津宮の高宮祭場は、市杵島姫神の降臨地とされる、社殿のない祭場です。社殿を持つ境内と、建物を置かない祈りの場、石の腕輪や勾玉などの神宝を比べてみてください。神話として伝える由緒と、発掘された品々が語る祭祀を分けて見ると、宗像の信仰を複数の手掛かりから考えられます。
緯度 33.830833 / 経度 130.514167 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 宗像大社 (Q704962) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-04)
- 宗像大社 公式ホームページ | 由緒 / 宗像大社(資料取得 2026-10-11)

太宰府天満宮
太宰府天満宮は、菅原道真の墓所の上に社殿を置く神社です。現在の御本殿は1591年、小早川隆景の寄進で造営され、国の重要文化財に指定されています。道真を慕う梅が都から飛んできたという「飛梅」の伝承も、この墓所と結び付いて受け継がれています。
心字池に架かる三つの橋は、過去・現在・未来を表します。橋の連なりと御本殿、飛梅を重ねて見ると、建物の年代と伝承が同じ境内に異なる時間をつくっていることに気付きます。令和の大改修で制限されていた御本殿正面での参拝は、2026年9月19日に再開したと宮が案内しています。
緯度 33.521433 / 経度 130.535002 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 太宰府天満宮 (Q710786) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 御由緒|太宰府天満宮 / 太宰府天満宮(資料取得 2026-10-11)
写真: Jakub Hałun / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

筥崎宮
筥崎宮の現存する本殿と拝殿は、1546年に大内義隆が建立したものです。楼門は1594年、小早川隆景による造営で、「敵国降伏」の扁額を掲げています。幾度もの戦火や再興を経た境内では、建物を創建時から同じ姿のまま残るものとして見ず、それぞれの年代を区別できます。
楼門は小さな建坪に対して大きな屋根を載せ、三手先組という組物で支えています。1609年の銘を持つ一之鳥居は、柱を三段に分け、上部を一つの石材で造る「筥崎鳥居」です。門の木組と鳥居の石の継ぎ方を比べると、祈りの入口を形づくる材料と構造にも目が向きます。
緯度 33.614749 / 経度 130.422887 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 筥崎宮 (Q714742) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 境内のご案内 | 日本三大八幡宮 筥崎宮【公式】 / 筥崎宮(資料取得 2026-10-11)
写真: Pontafon / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

東長寺
東長寺には、空海が806年に帰朝して博多に上陸し、密教が東に長く伝わるよう「東長密寺」と名付けたという由来が伝わります。戦火の後、江戸時代には福岡藩主・黒田忠之の帰依を受けて菩提寺となり、境内には黒田家の忠之・光之・治高の墓所があります。
節分大祭は「歳徳神節分祭」とも呼ばれます。1995年の福岡ユニバーシアードの翌年からは、海外の留学生が七福神や鬼に扮して参加する交流の場にもなりました。藩主の墓所が伝える地域の歴史と、祭りに加わる人々の広がりを重ねて見ると、寺が祈りを受け継ぐ方法の変化にも気付けます。
緯度 33.595194444444445 / 経度 130.4139722222222 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 東長寺 (Q3547067) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-03)
- 東長寺節分祭 | 真言宗 別格本山 東長寺(福岡) / 東長寺節分祭世話人会(真言宗 別格本山 東長寺)(資料取得 2026-10-11)
写真: Pontafon / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

香椎宮
香椎宮は仲哀天皇と神功皇后を祀る神社で、夫婦の宮が並ぶ由来を伝えています。本殿は1801年に再建された「香椎造」で、入母屋造の屋根に切妻屋根が複雑に連なり、正面の大千鳥破風や左右の車寄せが特徴です。伝承の時代と、現在の建築が造られた時代を分けて見られます。
楠木が続く勅使道は、天皇の使者のための道として名付けられた参道です。境内の標石には、使者の休息、手水、祓い、剣を外す場所などが記されています。屋根の複雑な形から儀式の順序を示す石へ視線を移すと、建物だけでなく、参拝する人の動きにも宮の歴史が残っていることに気付きます。
緯度 33.6534857 / 経度 130.4526579 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 香椎宮 (Q631373) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-07)
- 境内案内 | 夫婦の宮、香椎宮 / 香椎宮(資料取得 2026-10-11)
写真: ぱちょぴ(投稿者)撮影 / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
自然・景色
掲載5件から5件の紹介例

大濠公園
大濠公園の池は、黒田長政が福岡城を築く際、博多湾の入江を外濠に利用した場所に由来します。1927年の東亜勧業博覧会を機に造園を進め、1929年に県営公園として開園しました。総面積約39万8千㎡のうち、約22万6千㎡を池が占める、水面の広い公園です。
池の周囲には約2kmの周遊道があり、中の島は四つの橋で結ばれ、浮見堂も配されています。岸をたどる視線と、橋から水面へ向ける視線を比べてみてください。城を守る外濠だった水が、散歩や休息の中心になったことを思うと、同じ池でも都市の中で担う役割の変化に目が向きます。
緯度 33.58586111 / 経度 130.37625 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 大濠公園 (Q846710) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-02)
- 公園について|大濠公園|水と緑のオアシスメインコンテンツ / 大濠・西公園管理事務所(西鉄グリーン土木・石原和幸デザイン研究所)(資料取得 2026-10-11)
写真: Tzuhsun Hsu from Taipei, Taiwan / CC BY-SA 2.0 / 写真の出典(2026-10-11)

海の中道海浜公園
海の中道海浜公園は、博多湾と玄界灘に挟まれた砂州状の地形にある国営公園です。東西約6km、面積約350haの園地には、季節の花の植栽や「動物の森」があります。海に囲まれた細長い土地の中に、観賞、遊び、自然を学ぶ場所が組み合わされています。
「環境共生の森」は50年後の森づくりを目指して整備され、ボランティアの活動拠点にもなっています。園内の木の実を使う工作や野鳥観察と、花壇を重ねて見てみてください。目の前の花を楽しむ時間だけでなく、木が育ち、人が手入れを続ける長い時間も、この公園の景色をつくっています。
緯度 33.659222222222 / 経度 130.35347222222 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 海の中道海浜公園 (Q11558610) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-29)
- 海の中道海浜公園について | 総合案内 | 海の中道海浜公園 | 福岡市東区にある自然豊かな国営公園 / 海の中道海浜公園(資料取得 2026-10-11)
写真: そらみみ (Soramimi) / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-10)

芥屋の大門
芥屋の大門は、玄界灘に面して立つ玄武岩の洞窟で、国の天然記念物に指定されています。六角形や八角形の柱状節理が岩壁をつくり、高さ64m、奥行き90m、間口10mという大きさを持ちます。大きな穴の輪郭だけでなく、それを囲む細かな岩の形にも特徴があります。
洞穴は海に向かって開いており、観光協会は海上からの眺めを紹介しています。遠くから見る全体の塊と、近くで分かる柱の繰り返しを比べてみてください。自然の岩でも多角形の形が並ぶことや、入口と奥行きの違いに目を向けると、単なる奇岩という印象から、形を読み取る観察へと視点が広がります。
緯度 33.59652778 / 経度 130.10777778 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 芥屋の大門 (Q30935934) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-03-13)
- 芥屋の大門(国指定天然記念物) | 糸島市観光協会 / 一般社団法人 糸島市観光協会(資料取得 2026-10-11)
写真: 水だらけのプール / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
能古島
能古島は、博多湾に浮かぶ周囲約12kmの島です。北端の也良岬からは海の中道や大型船の往来を望み、山上憶良の歌碑もあります。島内には自然の残る思索の森や自然探勝路があり、檀一雄の文学碑も、森の中に置かれています。
鹿垣は江戸時代の黒田藩の狩猟場の跡で、島の東西約2kmにわたって築かれた石垣です。現在残るものは天保7年の築造と伝えられています。海を眺める岬、作家の碑、動物を囲った石の線を重ねてみてください。島の自然を、人が眺め、言葉にし、利用してきた異なる関わり方が見えてきます。
緯度 33.62083333333333 / 経度 130.30333333333334 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 能古島 (Q10859834) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-01-21)
- 歴史と自然あふれる 能古島 - 生物多様性ふくおかウェブセンター / 福岡市 環境局 環境共生部 自然共生課(資料取得 2026-10-11)
写真: そらみみ / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)

英彦山
英彦山は、福岡県添田町と大分県中津市の境にある、標高約1,199mの山です。北岳・中岳・南岳の三峰から成り、日田・耶馬・英彦山国定公園に含まれます。修験道の山として信仰され、岩峰や木々と、山伏の修行にまつわる史跡が重なっています。
参道には銅・石・木の鳥居があり、かつては鳥居を境に、暮らしや修行の場を分ける「四土結界」の考えがありました。石畳と階段の参道、鳥居、周囲の森を見比べてみてください。山の高さや自然の形に加え、人がどこを聖域とし、どこで暮らしたかという区分からも、山岳信仰の場所を読み取れます。
緯度 33.48 / 経度 130.93222222222 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 英彦山 (Q3077886) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-05)
- 【神の山】英彦山で辿る、修験道の歴史と山岳信仰が息づく絶景のパワースポット | 旅の特集 | 【公式】福岡県の観光/旅行情報サイト「クロスロードふくおか」 / 公益社団法人 福岡県観光連盟(資料取得 2026-10-11)
写真: Antake / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
美術・文化
掲載5件から5件の紹介例

九州国立博物館
九州国立博物館は、2005年10月16日に太宰府市へ開館した、東京・奈良・京都に続く4館目の国立博物館です。地元をはじめ地域の誘致活動が実現を支えました。日本文化の形成をアジア史の観点から捉えることを基本に、日本とアジアの交流を文化財から考える館です。
開館20周年を迎え、館は「時間旅行」を新たな指針に掲げています。文化財を、過去の人の価値観や社会が残した手掛かりとして見てみてください。日本の中で完結する歴史として眺めるだけでなく、異なる文化との出会いがどのような変化を生んだかを問うと、作品や道具の見え方も変わります。
緯度 33.51835556 / 経度 130.53829722 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 九州国立博物館 (Q148543) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-05-13)
- 九州国立博物館 - 館長あいさつ / 独立行政法人国立文化財機構 九州国立博物館(資料取得 2026-10-11)
福岡市美術館
福岡市美術館は、20世紀以降の近現代美術と、江戸時代以前の古美術が共存する館です。1979年の開館に先立って収集を始め、絵画・彫刻・映像から陶磁器・染織までを所蔵しています。西日本ゆかりの作家、松永安左エ門の茶道具、東光院の仏教美術などが収蔵の柱です。
前川國男が設計した建物の赤茶色の外壁は、煉瓦ではなく、常滑の窯で焼いた磁器質タイルです。広場とロビーを中心に展示室が配置されています。作品の材質やつくり方を見る視点を建物にも向けると、外壁の細かな色合いや、鑑賞前に通る広い空間にも美術館の表現が見えてきます。
緯度 33.58383 / 経度 130.37951 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 福岡市美術館 (Q3073273) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-09-17)
- コレクションについて | 福岡市美術館 / 福岡市美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: Masgatotkaca / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)
福岡アジア美術館
福岡アジア美術館は1999年に開館し、アジアの近現代美術を系統的に収集・展示しています。古代からアジア文化を受け入れる窓口だった福岡の歴史を背景に、作品の紹介に加え、美術作家や研究者を招き、滞在制作と研究の交流を進めてきました。
2022年から招へい事業の対象を国内外の作家へ広げ、市民との共同制作やワークショップ、トークも行っています。作品に描かれた社会と、作家が福岡で人と出会い制作する過程を重ねて考えてみてください。完成した物を集めるだけでなく、新しい表現が生まれる関係も育てるという館の役割が見えてきます。
緯度 33.595028 / 経度 130.405917 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 福岡アジア美術館 (Q3330163) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2025-11-24)
- 基本理念 | 福岡アジア美術館 / 福岡アジア美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: Jojimuke / CC BY-SA 4.0 / 写真の出典(2026-10-11)
北九州市立美術館
北九州市立美術館は、八幡市美術工芸館を前身として1974年に本館を開館しました。磯崎新の設計で、2017年には大規模改修を経て再開しています。西日本出身の作家を中心に、近現代の絵画・彫刻・素描・版画など約8,000点を収蔵しています。
開館当初から美術ボランティアが活動し、市内の小学3年生を対象とするミュージアム・ツアーも続けてきました。所蔵品検索では、制作年や素材・技法から作品を調べられます。作品を見るだけでなく、どうつくったかを問う視点を持つと、鑑賞の経験を人と共有する「リビング・ミュージアム」という方針も身近に感じられます。
緯度 33.869861111111 / 経度 130.82652777778 · 訪問情報は未確認
出典・写真のクレジット
Wikidata: 北九州市立美術館 (Q3297769) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-10-05)
- 概要|北九州市立美術館 / 北九州市立美術館(資料取得 2026-10-11)
福岡県立美術館
福岡県立美術館の前身は、1964年に須崎公園へ開館した、美術館と図書館の複合施設・福岡県文化会館です。佐藤武夫が建物を設計し、分離独立と改装を経て1985年に県立美術館として再出発しました。福岡ゆかりの作家や美術動向を調べ、約1万点を収蔵しています。
尾形家絵画資料には、黒田藩の絵師が代々受け継いだ模写や下絵など約4,700点が含まれます。博多織・久留米絣、上野焼・小石原焼などの工芸も収集しています。展示では完成作品の色や形に加え、下絵や模写が技術をつなぐ役割にも目を向けると、地域の美術が受け継がれる方法を考えられます。
緯度 33.597306 / 経度 130.39875 · 訪問情報は未確認
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Wikidata: 福岡県立美術館 (Q11592587) / Wikidata contributors / CC0 1.0(資料時点 2026-03-21)
- 福岡県立美術館について | 福岡県立美術館 / 福岡県立美術館(資料取得 2026-10-11)
写真: おんさき at Japanese Wikipedia / CC BY-SA 3.0 / 写真の出典(2026-10-11)